安城合戦
『松平家御廟他大規模工事』もいよいよ
大詰めに近づいてきました。
尾張を支配地とする織田信長の父【織田信秀】と、
遠江・駿河を支配地とする【今川義元】は、
この間にある『三河』を巡って長い間 争いを続けていました。
安祥城(現在の愛知県安城市)を拠点とし、
三河で勢力拡大をしていた
松平家7代 【松平清康(家康の祖父)】は、
岡崎城へ拠点を移し、三河領国を支配するまでに勢力をあげていました。
そんな中、松平清康は、25才で家臣に殺されてしまいました。
その後を【松平広忠(家康の父)】が継ぎましたが、まだ幼かった広忠には、領国経営は難しく、
松平家は、少しずつ勢力が落ちてきてしまいました。
そこで、
「よっしゃ!今だ!」
と、
1540年
三河進出を仕掛けてきたのが
織田信秀率いる織田軍。
織田軍は、軍勢を率いて松平家の戦略の拠点となる
『安祥城』に攻め込みました!!
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松平広忠の家臣であり
藤井城を居城とする【利長公】は、
安祥城に急行し、
攻め込む織田軍を撃退させ、安祥城を守りました。
その後、何度も何度も織田軍は安祥城を攻め、
とうとう安祥城が織田軍の手に渡ってしまいました。
【安祥城】の取り合いは続けられ
織田軍が三河進出を仕掛けた1540年から始まった戦いは約10年にわたりました。
この戦いを
【安城合戦】
というそうです。
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